金融教育の定義
金融教育とは、お金や金融のさまざまな働きを理解し、それを通じて自分の暮らしや社会について深く考え、自分の生き方や価値観を磨きつつ、より豊かな生活やよりよい社会づくりに向けて主体的に行動できる態度を養う教育のことです。
金融教育は、各学校段階で一貫して求められる「生きる力」、すなわち自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力などを養う上で、有効な手段を提供できる教育とされています。
金融教育の目的
金融教育を学ぶ目的は、「自立する力の養成」と「社会とかかわる力の育成」が主軸になります。
「自立する力の養成」では、まず生計を立てるためには、働いて収入を得る必要があることを自覚します。
自立に向けて積極的に働き、その辛さや楽しさ、意義を体験・理解することで、今後なりたい自分や、よりよい生き方について考える態度を身につけることができます。
また、働くことを通じてお金の大切さを知ると共に、使えるお金には限りがあることを理解して、どれだけ消費し、どのくらい貯蓄するかを考えるきっかけにもなります。
手元にあるお金をどのように振り分けるか考えることにも、大変さや楽しさ、工夫することの面白さがあります。
さらに、これらの体験を通じて資産計画を立てて将来設計を行うと共に、今後起こりうるリスクの予防・対策を講じることも、自立心の養成につながります。
「社会とかかわる力の育成」では、人が社会に支えられていると同時に、社会に働きかける存在でもあることを学びます。
金融の働きや経済の仕組みを理解すると共に、職場体験などの体験学習を通じて自分がさまざまな人の支えや関係性のもとで生かされていることを知れば、社会に感謝する気持ちが生まれます。
まわりや社会に感謝の心を抱くようになれば、自らも社会に貢献したいと願うようになり、よりよい社会を築くために自分が何をしていくべきか、主体的に考えるようになります。
金融教育を始めるタイミング
2022年4月より高等学校で金融教育が拡充されましたが、金融教育は高校から始めればいいのかと言うと、必ずしもそうではありません。
実際、金融庁では「小学生のみなさんへ」「中学生・高校生のみなさんへ」といったお金に関することを学べるコンテンツを紹介しています。
また、金融広報中央委員会では「金融教育プログラム 学校における金融教育の年齢層別目標」として、小学生(低・中・高学年)、中学生、高校生に分けて、それぞれの年齢層別に金融教育プログラムを策定しています。
つまり、早ければ小学校低学年の頃から金融教育を始めることも可能です。
ある程度成長してから金融教育を始めると、「難しそう」「大変そう」というイメージが先行してしまうおそれがありますが、小学校低学年の場合、道徳の時間に「お金は大切に使おう」「欲しいものをすべて手に入れることはできないことを知ろう」など、実生活に基づいた知識を得るところから始めるため、強い抵抗を感じにくいでしょう。
その後、学齢に応じて金融教育は徐々に難しくなっていきますが、導入部分の抵抗をなくせば、知識をスムーズに取り入れやすくなります。
以上のことから、金融教育は早ければ早いほど良いとされていますが、大切なのは年齢やライフステージに合わせた金融知識を学んでいくことです。
小学校で金融教育になじみがなかった場合でも、中学生や高校生の生活、ライフステージに合った教育プログラムを取り入れれば、金融教育の目標を達成できるでしょう。
高校で金融教育の拡充される理由
2022年より高校で金融教育が拡充されることになった理由は、大きく分けて3つあります。
2022年4月より成年年齢が引き下げられ、高校在学中の18歳でも親権者の同意なしで携帯電話を購入する、一人暮らしのアパートを借りる、クレジットカードを作成する、ローンを組んで自動車を購入することなどが可能になりました。
その一方で、これまで認められていた未成年者取消権(未成年が親権者の同意を得ずに契約した場合、原則として契約を取り消せる権利)を行使できなくなるため、悪徳商法などによる消費者被害の拡大が懸念されています。
そこで政府では、高校における金融教育の充実を図ることで、18歳で成年を迎える子どもたちに十分な知識を習得させ、金融を巡るトラブルの防止実現を目指しています。
経済環境の変化
かつて資産形成といえば預貯金が一般的でしたが、今の超低金利時代、お金を預けているだけではほとんど増やせず、満足に資産を作ることができません。
雇用形態も時代に合わせて変化し、定年まで勤めれば退職金を元手に悠々自適のセカンドライフを過ごせるという保障はなく、老後に向けて自らが積極的に資産形成を行わなくてはならない時代になりつつあります。
資産形成には金融や経済に関する知識・判断力の養成が必要不可欠ですので、社会に出る前の高校生の段階から必要な金融教育を施しておけば、老後の資金づくりを計画的に進めることが可能になります。
海外と比較した場合の日本の金融教育の遅れ
日本の金融教育水準は世界各国に比べると著しく低いと言われています。
金融広報中央委員会がまとめた資料によると、金融リテラシー・マップの8分野に基づいた全53問の正誤問題を比較すると、金融知識についての正答率は英国、ドイツ、フランスがともに日本を上回る結果になりました。
一方、米国との比較では、「金融知識に自信がある人」の割合が米国では71%と大半を占めているのに対し、日本は12%とごく少数であったことが報告されています。
以上のことから、日本は欧米諸国に比べて金融教育が遅れており、金融知識への自信も著しく損なわれていることがわかります。
経済のグローバル化が進んでいる今、諸外国に比べて金融リテラシーが低いことは大きな問題であり、学生のうちから金融教育を充実させて日本の金融教育の遅れを取り戻すことが重要な課題となっています。
金融教育はなぜ重要なのか
金融教育が重要な理由は、生きていくスキルとして、お金に対する正しい知識や判断力(金融リテラシー)が必要だからです。
現代社会では、お金と関わらずに生活することはできません。お金の管理についての知識がなければ、安定した生活を送ることは困難でしょう。
必要なときに必要なお金を用意できないことで、人生の選択肢が狭められてしまうかもしれません。また、適切な判断ができないまま、リスクの高い投資に手を出してしまう可能性もあります。
金融教育ではリテラシーの部分のみならず、お金と社会や経済との関係についても扱います。金融教育は、経済の仕組みや社会の課題を教えることで、子どもが職業選択や自己実現について主体的に考え、よりよい生き方を見つけられる手助けをする役割も担っているのです。
金融トラブルの多発・低年齢化
金融商品の多様化や、インターネット等の普及にともなう生活環境の変化による、金融トラブルの多発や低年齢化も問題視されています。
また、民法が改正され、2022年4月から成年年齢が18歳に引き下げられました。この改正により、クレジットカードやローン等の契約が18歳から可能になったため、従来よりも早い段階で金融リテラシーが求められるようになったといえるでしょう。
金融教育は何を学ぶ?
金融教育では、以下4つの分野を学びます。
・生活設計・家計管理に関する分野
・金融や経済の仕組みに関する分野
・消費生活・金融トラブル防止に関する分野
・キャリア教育に関する分野
「生活設計・家計管理に関する分野」
生活設計・家計管理に関する分野は、さらに「資金管理と意思決定」「貯蓄の意義と資産運用」「生活設計」「事故・災害・病気などへの備え」の4つに区分されます。
家計の収支構造の理解、生涯を見通して資産形成を行う必要性の確認、生涯収入や支出の内容に基づいた生活設計の策定、日常におけるさまざまなリスクへの対策などを中心に学習します。
「金融や経済の仕組みに関する分野」
金融や経済の仕組みに関する分野では、「お金や金融の働き」「経済把握」「経済変動と経済政策」「経済社会の諸課題」の4つに区分されます。
貨幣の機能や金融市場、証券市場などの働きと機能の理解、インフレ・デフレの意味や暮らしへの影響の把握に加え、課題解決に向けて合理的かつ主体的にかかわり考える態度を身につけるための学習が行われます。
「消費生活・金融トラブル防止に関する分野」
消費生活・金融トラブル防止に関する分野は「自立した消費者」「金融トラブル・多重債務」の2つに区分されます。
消費者契約法への理解を深めつつ、契約の意味や留意点の確認、契約や消費者信用に関する消費者問題が生じる背景、トラブルへの対応方法など、金融リスクに関する知識を学びます。
「キャリア教育に関する分野」
キャリア教育に関する分野は、「働く意義と職業選択」「生きる意欲と活力」の2つに区分されます。
働くことによって収入を得るのが基本であること、労働者の権利と義務を理解すること、将来の夢を実現するための現実的なステップや手段を考えることなど、仕事そのものへの意欲や理想を実現するための知識・スキルの習得を目指します。
小学校から高校までの学習内容
金融教育では、前出の4分野について成長段階に応じた内容を学ぶ仕組みになっています。「金融」という教科があるわけではなく、家庭科や社会科など様々な教科の中にその内容が組み込まれています。小学校から高等学校まで、成長段階に応じて知識を少しずつ深めていく仕組みです。
例として「1.生活設計・家計管理に関する分野」の「貯蓄の意義と資産運用」の年齢層別目標の一部を見てみましょう。
小学校低学年:こづかいやお年玉を貯めてみる
小学校中学年:貯蓄の意義を理解し、計画的に貯蓄する習慣を身に付ける
小学校高学年:将来何に使うかを考え、計画的に貯蓄する態度を身に付ける
中学生:継続して貯蓄・運用に取り組む態度を身に付ける。金利計算(複利)を理解する
高校生:生涯を見通して資産形成を行う必要性を理解する。長期的に貯蓄・運用に取り組む態度を身に付ける。期間と金利(複利)の関係を理解する。少額であっても定期的に貯蓄・運用し続けることが将来の備えとして有益であることを理解する
以上のようになっています。年齢層別の発達段階に即して、内容が徐々に高度になっていくのがわかりますね。
全体的に見ると、小学校では具体的で身近なテーマを取り上げる工夫がなされています。地元のお店に行き、商品を予算内で購入することを学んだり、お店屋さんごっこを通じて商品づくりや利益を上げるための工夫を学んだりといった指導例があります。
中学校では、抽象的な概念や社会的な視点も組み込まれるようになります。商品にふさわしい価格付けについて考えたり、インターネットでの金銭トラブル事例について学んだりといった指導例があります。
高等学校では、全体的・長期的・計画的な視点に立って学びます。たとえば、金融政策や経済社会の動きを学ぶほか、ライフプラン、住宅ローン、金融商品や資産運用についてより具体的に学びます。なお、2022年(令和4年)4月より成年年齢が20歳から18歳に引き下げられたこともあり、契約や消費者トラブルについての学びも組み込まれています。
自分で資産を管理・形成していくには、正しい金融知識を持ち、お金に関するあらゆる場面で、適切に判断できる能力が必要です。金融教育により金融と社会の仕組みを理解することは、子どもだけではなく大人にも大切なことだといえるでしょう。
結論
融教育は、現代社会における生活スキルとして欠かせないものであり、すべての人が生きる上で必要な「お金」や「金融」の正しい知識や判断力を身につけるための教育です。小学校から高校まで段階的に学ぶことで、日常生活や将来の資産形成、リスク管理などに役立つ力を養います。
特に2022年4月以降、成年年齢の引き下げにより、若年層にも金融知識が求められる場面が増え、金融トラブルのリスクが高まっています。そのため、金融教育の早期導入と充実が急務となっています。
また、日本の金融教育水準は他国に比べて遅れており、今後の社会的課題を解決するためには、子どもたちだけでなく大人も含めた金融リテラシー向上が不可欠です。金融教育を通じて「自立する力」と「社会とかかわる力」を育成し、自ら考え行動できる市民を育てることが、個人の生活の安定だけでなく、より良い社会づくりにも繋がります。
金融教育は単なる知識の習得ではなく、人生全体を見据えた計画的な生き方を支える土台となります。私たちは、この教育を通じて、より豊かな生活と持続可能な社会の実現を目指す必要があります。金融教育が普及し、誰もが安心して未来を描ける社会の構築が期待されます。